こんにちは、JR大阪駅前のTFPグループの

税理士法人トップ財務プロジェクト代表の岩佐孝彦@税理士です。

全国高校野球100回記念大会が閉幕。

大阪桐蔭高校が史上初の2度目の春夏連覇を達成。

今夏、最も注目を浴びた球児は誰か?
 

『根尾昴選手』でしょう。
 

投手と遊撃手の二刀流。決勝戦でもホームラン。

プロ11球団40人以上のスカウト集結。

ドラフト1位間違いなし。そんな逸材と言われています。

中日ドラゴンズのスカウトは、

 

「岐阜出身で、
うちのスーパースター候補と見ている」

 

と評しました。

根尾選手のご両親は医師先生。お父様は岐阜の開業医。

兄も元高校球児で岐阜県予選決勝まで進み、
甲子園にあと一歩まで行ったとか。

現在、岐阜大医学部に在学中。姉も富山大医学部へ。

まさに根尾家は医師ファミリー。

根尾君本人も中学時代の成績はオール5でしたが、
将来プロ野球選手を目指しています。

根尾家の教育方針は『人間力』の養成。

お父様は大阪桐蔭の寮に2ヶ月に1度、
20冊近くの本を息子に届けます。すごい父親力です。

(拍手!)

今夏の北大阪予選前に根尾選手が読破したのは、

 

『リーダーの禅語』(三笠書房)

 

だったとか。

著者は、曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明氏です。

根尾君の頭の中は一体どうなっているのか??
早速取り寄せ、読んでみました。

 

▼常行一直心

~ 世間に恥じない生き方ができるか

 

▼無常迅速

~ 決められるものは「いま」「ここで」 決める

 

▼汝被十二時使 老僧使得十二時

~ 時間を主体的に「使いきる」

 

▼琢玉当成器 人不學不知道

~ 「自分」という器を磨き続ける

 

▼道無横経 立者孤危

~ 「みんなと同じ道」は危険

 

などなど。
 

「高校3年生でこんな本を読んでるの??

すげえな…」

そんな思いに駆られる高尚な書籍でした。

(笑)

 

根尾君は副主将を務めていました。

この本から学んだリーダーシップをチーム内で発揮??

根尾君は『100点』以上のパーフォーマンスを

甲子園で見せました。まさに天才の領域でした。

優勝おめでとうございます!

 

 

 

経営の世界で『100点』以上のパフォーマンスを

見せたのは誰か?

 

▼松下幸之助(パナソニック創業者)

▼本田宗一郎(ホンダ創業者)

▼盛田昭夫(ソニー創業者)

 

彼らが有名です。

まさに天才的な経営者でいらっしゃいました。
実は彼らほど有名ではありませんが、
天才的な経営者が戦前にいました。

その名は、

 

【大倉喜八郎】

 

です。

▼ホテルオークラ

▼帝国ホテル

▼大成建設

▼千代田火災海上

▼サッポロビール

などなど。

その他、鹿鳴館や帝国劇場の設立にも
喜八郎は携わっていたとか。

このように近代日本に多くの足跡を残しました。

喜八郎は幕末の激動をビジネスチャンスと捉えます。

横浜で黒船を見た喜八郎は思います。

 

 

「これからは戦争になる。

武器が売れるに違いない。」

 

 

そこで『大倉屋鉄砲店』を開く。

喜八郎が睨んだ通り、1868年に戊辰戦争勃発。

武器の需要が一気に高まった。

そんな中、喜八郎が鉄砲商として、
名を売る事件が起きる。

幕臣たちが彰義隊を結成し、喜八郎は難癖をつけられる。

 

「新政府軍だけに武器を売り、
便宜を図るのはけしからん!」

 

それに対し、喜八郎はこう反論した。

 

「彰義隊にも鉄砲を売ったが、
代金を払ってくれなかった。

商品を買って現金を払うのがお客様。

金を払わないのはお客様ではない。

だから彰義隊には『ない』と断ったのだ。」
 

そして、

 

「なぜ世話になった徳川将軍家ではなく、
新政府に味方するのか?」
 

という問いに対しても、喜八郎はこう言い返した。

 

 

「自分は越後の出身で、
将軍家の世話になったことはない。

江戸に住んでいた人と一緒にされても困る。」

 

 

と一歩も引かなかった。

この気迫に圧倒されたのか。

彰義隊たちも手が出ず、最後は駕籠屋まで見送ったという。

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この場面は芝居でよく演じられ、人気を博します。

喜八郎の面白さはこうした劇画的なエピソードでした。

しかし、喜八郎が多くの企業の設立にも携わった
にもかかわらず、

 

▼住友

▼三菱

 

といった財閥のように、なぜ大倉財閥は残らなかったのか??

それは喜八郎が【組織】を作らなかったからと言われています。

例えば当時から、三菱は法人組織をしっかりとつくり、
創業の物語も組織が記録保存しながら後世に残してきました。

 

 

一方、大倉喜八郎は一匹狼。

自らの商売とチャンスを逃さないセンスによって、

商機をものにしてきたカリスマでした。

世の中には古今東西、天才的なワンマン企業が多く存在します。

 

ただトップの才能と直観によって、
商機をつかんでいくスタイルにはプラスとマイナスがあります。

有能なカリスマが二代、三代と続いていくこと

は滅多にありません。

天才的な経営者が設立した企業も【永続】の道を歩むにはいつか、

 

【集団指導体制】

 

を敷くしかなくなります。

そうしなければ、無能なワンマン経営者が登場すれば、

築き上げてきたものをすべて無に帰してしまう恐れがあります。

集団指導体制の下では『100点』はなかなか取れません。

しかしトップが無能であっても『0点』は取らずに済みます。

組織を作り、ルールや合理的なマネジメントの仕組みで、
誰が経営をしても存続できるようにする。

 

『100点』は取れなくても、
『80~60点』で着実に成長していく。

 

これが組織を作ることの本質です。

確かに喜八郎は実業の天才でした。

しかし、その一方で彼一代限りのカリスマ的な商才であった。

そのため彼がいなくなれば、その絶大な影響下にあったものも
霧散霧消していく。

また大倉財閥が安田善次郎や三井家、岩崎家(三菱)

と異なっていたのは、銀行を持とうとしなかったことです。

金融業をしっかり行うには、やはり組織や仕組み

が必要だからです。

このお話は次回に続きます。

今日も社長業を楽しみましょう。

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